「お花で一番好きなの椿なんです」
僕が椿賞と書かれた競馬新聞を見ていたからか、君がアーモンドの形をしたきれいな目を輝かせて言った。
「椿が一番好きな花なんだね」
「うん、あまり縁起物ではないっておばあちゃんが言っていたけど私は好き」
椿は花が首の部分から落ちるので、武士の間では死を連想させることから縁起が悪いとされてきていた。
ただ、古来から椿は高貴な花として大切に取り扱われてきていたし、生命力の高さから魔除けにも使われてきた。
なにより、椿は美しい。君のようにね、とはさすがに恥ずかしくて言えない。
椿の花言葉ってなんだっけ?調べてみたら「控えめな優しさ」とか「完全な美しさ」とかあった。
「椿の花言葉って、君みたいだね」
こちらは伝えることができた。
照れながらも「そんなことないですよ」と謙遜する。美しいのにその控えめな態度が、まさしく椿の花言葉なんだな、と思った。
「そういえば、なのださんの好きな色って何ですか?」
話題を変えて君が言う。
「青、かな」
しばし迷って、僕は答える。青と赤、どちらを答えようかと悩んでいたのだ。昔から好きな色といったら青と答えていたし、今でも青が好きなのは間違いないのだから、結局はそう答えたけど。
「じゃあ、君が好きな色は?」
「私は黄色」
そういえばそうだった。答えを聞いて、すぐに思い出した。
再び僕は競馬新聞に目を移す。黄色といえば、5枠だ。
5枠にいるのは、ノートウォージーとキャッスルヒーロー。どちらもそこそこ人気のある馬だ。
そして、ノートウォージーには、僕が一番好きな騎手である的場文男騎手が乗っている。僕が好きな色で青と赤で悩んだ理由は、的場文男騎手の勝負服が赤いからにほかならない。
肝心のノートウォージーは、道営時代、若獅子賞を勝つチサットや南部駒賞を勝っているギガキングなどにも勝っている実力馬だ。前走雲取賞だって、南関東クラシック有力馬相手に正攻法の競馬をして5着と頑張っている。
「なら、椿賞はノートウォージーにするよ。君が一番好きな色の枠に、僕が一番好きな騎手が乗っているから」
ノートウォージーよ、椿のように鮮やかに逃げ切ってくれ。